探検隊が忘れられないのは、ただ懐かしいからではない
大人になってからも、ふと思い出すゲームがあります。
私にとってその一つが、ポケモン不思議のダンジョン 探検隊です。
平成のゲームには、今でも記憶に残っている作品がいくつもあります。
ただ、その中でも探検隊は少し特別です。
ゲームとして面白かったから、というだけではありません。
自分がポケモンになってしまう主人公への没入感。
自分で選んだパートナーと進む冒険。
そして、物語が進むにつれて見えてくるジュプトルとの絆。
その全部が重なって、子どもの頃の私にとって、探検隊はただ遊んだゲームではなく、忘れられない冒険になっていました。
平成ゲームやポケモンの思い出としては、ダイヤモンド・パールが忘れられない理由でも別の角度から振り返っていますが、今回は探検隊に絞って書いていきます。
布団の中でこっそり遊ぶくらい、先が気になっていた
当時の私は、家で黙々と探検隊を遊んでいました。
誰かと攻略情報を話しながら進めるというより、自分のペースで少しずつ進めていく感じです。
でも、進め始めるとやめどころが難しかった記憶があります。
もう寝なきゃいけない時間なのに、あと少しだけ進めたくなる。
それで、布団の中に潜り込んでDSを開いていました。
多分、画面の光は布団から漏れていて、普通にバレていた気がします。
それでも続きが気になって、もう少しだけ、もう少しだけと思いながら遊んでいました。
今考えると、子どもの頃の「あと少し」はだいたい長いです。
でも、それくらい物語の先が気になっていました。
自分がポケモンになる設定に、子どもの頃の私は入り込んだ
探検隊に強くハマった理由の一つは、主人公がポケモンになってしまうという設定でした。
普通のポケモン本編では、主人公はトレーナーとしてポケモンと一緒に旅をします。
それはそれで楽しいのですが、探検隊では立場が少し違います。
自分自身がポケモンになり、ポケモンたちの世界で生きていく。
この違いが、子どもの頃の私には大きかったです。
「ポケモンと一緒に冒険する」ではなく、「自分もその世界の一員として冒険している」感覚がありました。
だから、物語の出来事もどこか他人事ではなく、自分のことのように感じられたのだと思います。
自分で選んだパートナーと進む冒険が楽しかった
探検隊では、パートナーの存在も大きかったです。
自分で選んだポケモンと一緒に、少しずつ冒険を進めていく。
最初は頼りない部分もありながら、それでも一緒に進んでいく感じがありました。
ただの仲間というより、冒険を一緒に背負っている相棒のような存在です。
ダンジョンに入るときも、物語が進むときも、隣にいるのが当たり前になっていく。
その積み重ねがあるから、ストーリーの中でパートナーが見せる言葉や行動にも、自然と気持ちが入っていました。
自分で選んだパートナーだからこそ、「この子とここまで来た」という感覚が残っているのかもしれません。
ジュプトルとの絆が、物語を忘れられないものにした
そして、探検隊を語るうえで外せないのがジュプトルです。
物語が進むにつれて、ジュプトルとの関係が少しずつ見えてきます。
最初から全部が分かるわけではありません。
だからこそ、ストーリーを追う中で「そういうことだったのか」と少しずつ気持ちが追いついていく感覚がありました。
自分で選んだ現在のパートナーとの絆。
そして、過去のパートナーであるジュプトルとの絆。
この2つが重なっていくことで、物語の深みが増していったように感じます。
探検隊を遊んだことで、ジュプトルが好きになった人も多いはずです。
私もその一人です。
詳しく書きすぎると物語の核心に触れすぎてしまうのでここでは抑えますが、ジュプトルの存在は、探検隊を忘れられない作品にした大きな理由でした。
謎が解けるたびに、また次の謎が待っていた
探検隊は、ストーリーの進み方も好きでした。
1つ物語を進めるごとに、謎が少しずつ解けていく。
でも、それで全部が分かるわけではありません。
分かったと思ったら、また次の謎が出てくる。
この流れが、子どもの頃の私にはとても楽しかったです。
少しずつ真相に近づいている感覚がある。
でも、まだ先がある。
その分かっていく高揚感と、まだ続きがある高揚感が重なって、なかなかやめられませんでした。
布団の中でこっそり遊んでいたのも、たぶんこの先が気になる感覚が強かったからです。
本編後のやり込みとサイドストーリーも記憶に残っている
探検隊は、本編が終わったあとにも余韻が残るゲームでした。
本編後のやり込み要素もあり、クリアしたらそこで終わりという感じではなかった記憶があります。
物語を見届けたあとも、まだその世界に残っていたくなる。
そういう感覚がありました。
ジュプトルのサイドストーリーについても、書きたいことはあります。
ただ、そこまで話し始めると長くなりそうなので、これはまた別の機会にしたいです。
探検隊は、本編のストーリーだけでなく、その後に残る余韻まで含めて記憶に残っている作品だと思います。
まとめ|探検隊は、絆と余韻まで残る平成ゲームだった
ポケモン不思議のダンジョン 探検隊が忘れられないのは、ゲームとして面白かったからだけではありません。
- 自分がポケモンになってしまう主人公への没入感
- 自分で選んだパートナーと進む冒険
- ジュプトルとの絆
- 謎が少しずつ解けていく高揚感
- 本編後まで続く余韻
- 布団の中でこっそり遊んでいた当時の記憶
こうしたものが重なって、子どもの頃の私にとって、探検隊はただのゲームではなくなっていました。
大人になると、昔のゲームを遊ぶ時間はなかなか取りにくくなります。
休日に何もしない日をつくったとき、ふと昔のゲームを思い出すこともあります。そんな休日の過ごし方については、休日に「何もしない日」をつくるでも書いています。
探検隊を今振り返ると、攻略がどうだったかよりも、誰と冒険して、どんな気持ちで物語を追っていたかのほうが強く残っています。
大人になった今でも、あの小さい画面の中にあった冒険をふと思い出すことがあります。

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