少し前にポケモンのファイアレッド・リーフグリーンが任天堂スイッチで再プレイできるようになりましたね。
ポケットモンスターシリーズの中で、私にとって特別な存在なのが『ポケットモンスター ダイヤモンド・パール』です。
同じ世代の人なら、タイトルを聞いただけで、当時の記憶が少し蘇るかもしれません。
DSの画面。
最初に選ぶポケモン。
知らない街へ向かう道。
友達と話した攻略とも雑談とも言えない会話。
今振り返ると、あの頃のポケモンは、ただのゲームというより、子どもの私にとって冒険そのものでした。
DSを開いた瞬間、シンオウ地方への冒険が始まった
『ポケットモンスター ダイヤモンド・パール』は、2006年9月28日に発売されたニンテンドーDS用ソフトです。
ゲームボーイアドバンスの時代から、ニンテンドーDSの時代へ。
当時の私には、それだけでも大きな変化に感じました。
DSのカセットを差し込んで、電源を入れる。
それだけなのに、妙にワクワクしていました。
「今回はどんなポケモンがいるんだろう」
「どんな街があるんだろう」
「どんな強いトレーナーが待っているんだろう」
今思えば、ゲームを始める前から、もう冒険は始まっていたのだと思います。
舞台はシンオウ地方。
新しいポケモンを捕まえて、育てて、バトルする。
ストーリーを進める。
コンテストに参加する。
トバリシティのゲームコーナーで遊ぶ。
やることはたくさんありました。
でも、子どもの頃に楽しかったのは、ただ先へ進むことだけではありません。
「早く次の街に行きたい」
「でも、もう少しこの辺をうろうろしたい」
そんな気持ちが同時にありました。
効率よく進めるより、知らない場所を歩いている時間そのものが楽しかったんですよね。
ちかつうろには、本編とは別の冒険があった
ダイヤモンド・パールで特に印象に残っているのが「ちかつうろ」です。
シンオウ地方の地下に広がる場所で、たんけんセットを使うと地下へ潜ることができました。
そこでできるのは、ただ移動するだけではありません。
カセキほりをしたり、
お宝を掘り出したり、
ひみつきちを作ったり、
友達とワイヤレス通信で遊んだり。
今思うと、ストーリーを進めるために必ず必要な要素ではなかったはずです。
それなのに、なぜかずっと遊んでいました。
壁を掘っているときの、あと少しで崩れそうな感じ。
何が出てくるかわからない期待。
自分だけのひみつきちを作る楽しさ。
友達と「ここにした」「こんなの見つけた」と話す時間。
本編とは別に、自分たちだけの遊び場があるような感覚でした。
ダイヤモンド・パールのすごいところは、寄り道がただの寄り道で終わらなかったことだと思います。
寄り道そのものが、もう一つの冒険になっていました。
シンオウ神話が、ポケモンの世界を一気に広く感じさせた
ダイヤモンド・パールを語るうえで、シンオウ地方の神話も外せません。
それまでのポケモンにも、伝説のポケモンや大きな物語はありました。
でも、ダイヤモンド・パールでは、世界のスケールが一段広がったように感じました。
時間を司るディアルガ。
空間を司るパルキア。
子どもの頃の私は、その設定を細かく理解していたわけではありません。
それでも、「時間」や「空間」という言葉が出てくるだけで、ただごとではない感じがありました。
街の人から昔話を聞く。
遺跡や不思議な場所を調べる。
物語を進める中で、シンオウ地方に昔から残る何かが少しずつ見えてくる。
ただポケモンを捕まえて、チャンピオンを目指すだけではない。
「この世界には、まだ自分が知らない秘密がある」
そう思わせてくれる奥行きがありました。
そして、アルセウスという存在も印象に残っています。
子どもの頃の私には、アルセウスがシンオウ神話の奥にある、さらに大きな何かのように感じられました。
すべてを理解していたわけではないのに、なぜか気になる。
よく分からないからこそ、もっと知りたくなる。
あの少し不思議で、少し怖くて、でも惹かれる感じも、ダイヤモンド・パールの魅力だったと思います。
「オンミョーん」で思い出す、シロナ戦の緊張感
そして、ダイヤモンド・パールの思い出として忘れられないのが、チャンピオンのシロナ戦です。
私にとってシロナとの戦いは、今でも印象に残っているバトルの一つです。
登場したときの雰囲気。
落ち着いているのに、明らかに強そうな感じ。
そして、あのBGM。
子どもの頃の私は、シロナ戦でかなり苦戦した記憶があります。
特に印象に残っているのが、最初に出てきたミカルゲです。
正式な表現ではないかもしれませんが、私の中ではあの鳴き声はずっと、
「オンミョーん」
です。
この音だけで、当時の緊張感が少し戻ってきます。
シロナは強かった。
でも、今考えると、その強さも含めて良かったのだと思います。
ここまで一緒に旅をしてきたポケモンたちで、最後に本当に強い相手へ挑む。
なかなか勝てない。
でも、もう一度挑みたくなる。
勝てたときには、ちゃんと旅が終わった感じがする。
シロナ戦は、ダイヤモンド・パールという冒険の締めくくりにふさわしい時間でした。
大人になって気づいた、あの頃のポケモンのすごさ
大人になってから振り返ると、当時のポケモンは「ゲームを遊んでいた」というより、「世界を旅していた」に近かった気がします。
草むらに入れば、何が出てくるかわからない。
洞窟に入れば、どこへつながっているかわからない。
新しい街に着けば、知らない人がいて、知らない話をしている。
そして学校や友達との会話でも、ポケモンの話をしていました。
「そのポケモンどこで捕まえた?」
「あそこ行った?」
「シロナ強すぎない?」
今なら、分からないことはすぐに検索できます。
どこに何があるのか。
どのポケモンが進化するのか。
どの技が強いのか。
どうすれば効率よく進められるのか。
答えにたどり着くのは、今の方がずっと早いです。
それは便利ですし、悪いことではありません。
ただ、あの頃の楽しさは、答えがすぐに分からないところにもあったのだと思います。
試してみる。
迷ってみる。
友達に聞いてみる。
もう一度行ってみる。
その一つひとつが、小さな冒険でした。
たぶん、あの頃の私が欲しかったのは、最短ルートでクリアすることではありません。
「次は何が起こるんだろう」
その気持ちのまま、シンオウ地方を歩くことが楽しかったのだと思います。
まとめ:あの頃の冒険は、今も記憶の中に残っている
大人になると、「初めて何かを見る」という機会は少しずつ減っていきます。
旅行に行く前には地図を見ます。
映画を見る前にはレビューを見ます。
分からないことがあれば、すぐに検索します。
便利になった一方で、「何があるかわからないから楽しい」という感覚は、子どもの頃より少なくなった気がします。
だからこそ、ダイヤモンド・パールを思い出すと、少し懐かしくなるのかもしれません。
DSを開いて、シンオウ地方へ旅立つ。
知らないポケモンを見つける。
知らない街へ行く。
地下に潜る。
寄り道をする。
そして最後に、シロナと戦う。
あの頃は、それが当たり前の時間でした。
でも今振り返ると、あれはかなり贅沢な時間だったと思います。
もし同世代の方がこの記事を読んでいたら、久しぶりにあの頃のBGMを聴いてみるのもいいかもしれません。
最初の数秒で、きっと何かを思い出すはずです。
「オンミョーん」
あの頃の冒険は、もう終わっています。
それでも記憶の中では、今でも私はシンオウ地方を旅しています。
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