ふと、子どもの頃に好きだったものを思い返すことがあります。
その中でも、特に記憶に残っているのが「イナズマイレブン」です。
今になって考えてみると、イナズマイレブンの試合展開は、そこまで複雑ではありません。
強敵が現れる。
特訓する。
新しい必殺技を習得する、あるいは未完成のまま試合に挑む。
試合では苦戦する。
それでも諦めない。
そして最後に、必殺技で流れを変えて勝利する。
だいたい、この繰り返しです。
大人になった今なら、「またこのパターンか」と思ってしまうかもしれません。
それでも、子どもの頃の自分は毎回のように夢中になっていました。
むしろ振り返ってみると、この“シンプルさ”こそが、イナズマイレブンの魅力だったのだと思います。
「そろそろ来る」という期待が気持ちいい
試合終盤になると、自然と空気が変わります。
点差はある。
味方は追い込まれている。
普通なら、もう勝てない展開。
それでも、主人公たちは諦めません。
そして、ここで必殺技が出る。
「ゴッドハンド!」
「ファイアトルネード!」
「エターナルブリザード!」
子どもの頃の自分にとって、必殺技はただの技ではありませんでした。
それまでの特訓や苦戦、仲間とのやり取りが、最後の一瞬に全部詰まっているように感じられたのです。
だからこそ、決まった瞬間が気持ちいい。
「来た!」というあの感覚。
展開自体はある程度予想できる。
それでも面白いのは、「勝つかどうか」よりも、「どうやって流れを変えるのか」が楽しみだったからだと思います。
BGMまでが“勝利の合図”だった
イナズマイレブンを語るうえで欠かせないのが、音楽です。
試合終盤、逆転の気配が漂う場面で流れるあのBGM。
子どもの頃はもちろん、演出なんて意識していません。
ただシンプルに、
「この曲が流れた。これは勝つ」
そう思っていました。
今振り返ると、ほとんど“確定演出”のようなものです。
さらに、オープニング曲も強烈に印象に残っています。
「立ち上がリーヨ」
「マジで感謝!」
「つながリーヨ」
曲を聴くだけで、あの頃の熱さが一気によみがえります。
作品を見て曲を覚え、
曲を聴いて作品を思い出す。
音楽まで含めて、イナズマイレブンの世界が完成していました。
必殺技は「叫びたくなる」ものだった
そして、もう一つ大きかったのが必殺技の名前です。
イナズマイレブンには、とにかく叫びたくなる技が多い。
「ファイアトルネード!」
「エターナルブリザード!」
「キラースライド!」
これ、小学生にとってはかなり重要です。
なぜなら、“やりたくなる”からです。
放課後、友達とサッカーをする。
それ自体は普通の遊びです。
でもそこに、イナズマイレブンが加わる。
シュートのときに叫ぶ。
スライディングのときに叫ぶ。
もちろん、現実では何も起きません。
でも、それが楽しい。
技名を叫ぶこと自体が、遊びになっていました。
テレビで見たものを、翌日の放課後に再現する。
イナズマイレブンは、「見るだけ」で終わらない作品でした。
それは、友達とつながる“共通言語”だった
イナズマイレブンは、一人で完結する作品ではありませんでした。
友達も見ている。
だから、会話が自然に始まります。
「昨日のイナズマイレブン見た?」
「あの技やばかったよな」
「エターナルブリザードかっこいい」
作品の内容を知っていること自体が、共通言語になります。
技の名前。
キャラクター。
試合の展開。
そして、それを実際に遊びで再現する。
テレビの中の出来事が、そのまま学校生活に続いていく。
それが、あの頃のリアルでした。
イナズマイレブンは「参加できる作品」だった
今振り返ってみると、ハマった理由はストーリーの複雑さではありません。
むしろ逆でした。
シンプルだからこそ期待できる。
繰り返しがあるからこそ盛り上がる。
そこに、必殺技のカッコよさがある。
音楽がある。
そして、自分でも真似できる余白がある。
叫ぶ。
語る。
真似する。
イナズマイレブンは、ただ“観る”作品ではなく、
“参加できる”作品でした。
だからこそ、あれほど夢中になっていたのだと思います。
大人になった今、改めて考えてみると、
あの頃の自分たちが惹かれていたのは、複雑なストーリーではなく、
「分かりやすくて、カッコよくて、叫びたくなって、友達と共有できる」
そんな、子どもにとって最高に楽しい要素が詰まっていたからなのかもしれません。
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