さら編の記事をTikTokで紹介したとき、五十鈴も内容が重かった、GOODエンドが嬉しかったというコメントをいただきました。
五十鈴ルートはパワポケ10の中でも王道野球ストーリーにさらにのめりこませる魅力的なルートなため紹介していきたいと思います。
子どもの頃の私は、五十鈴ルートは単にやりごたえのある難しいルートであり、あと少しでBADエンドになってしまうのが悔しかった記憶があります。
でも今振り返ると、五十鈴編は重いだけの物語ではありません。
主人公は、もともと甲子園優勝を目指しています。ところが五十鈴との関係が進むにつれて、主人公の、その目標に別の意味が重なっていきました。
自分のために勝ちたい。そこに、五十鈴のためにも勝ちたいという気持ちが加わる。
だから、甲子園優勝にはGOODエンドの嬉しさが重なり一層強い印象をゲームをプレイする人に残すのだと思います。
今回は攻略手順ではなく、五十鈴との関係と野球の物語が、どうつながっていたのかを振り返ります。
※五十鈴ルートのGOOD/BADを含む重大なネタバレと、自死に関わる展開に触れます。物語の整理には攻略・ファン資料を参照し、私の記憶や解釈とは分けて記載しています。
第一印象は、主人公をかばってくれる良い子
天月五十鈴に対する第一印象は、主人公をかばってくれるかわいい良い子でした。
ファン資料でも、森で迷った主人公を五十鈴がかくまうことが、出会いのきっかけとして整理されています。pawapoke
最初から重い結末を意識していたわけではありません。
だからこそ、関係が深まったあとに現れる問題は、単なる意外な設定としてではなく、好印象を持っていた五十鈴自身の悩みとして記憶に残っています。
応援したい気持ちと、もっと一緒にいたい気持ち
五十鈴ルートで一番覚えているのは、主人公を応援したい気持ちと、もっと自分と一緒にいてほしい気持ちがぶつかるところです。
五十鈴は、主人公に野球を頑張ってほしい。
それは嘘ではありません。
でも、心の奥では、自分のことも大事にしてほしいと願っている。その気持ちが能力に関わり、主人公の身に起きる不運につながっているのではないか、と説明されます。
ここは区別が必要で、能力と事故の仕組みは、作中で桧垣が提示する仮説です。掲載されたイベント資料でも、桧垣は検証が必要な段階として説明しています。atwiki(アットウィキ)
五十鈴が意図的に主人公を傷つけようとしている、と受け取るのは違うと思います。
私が印象に残っているのは、むしろその逆です。
応援したいと思っているのに、自分でも気づいていなかった願いが、相手を危険にさらすかもしれない。五十鈴自身も、その可能性に苦しみます。
好きな人に頑張ってほしい。
でも、もっと一緒にいたい。
その二つの気持ちが、本人の意思だけでは片づけられない問題になってしまう。私には、そこがこのルートの重さとして残っています。
甲子園優勝が、五十鈴との約束になる
『パワポケ10』の表サクセスは、親切高校で甲子園を目指す「甲子園一直線編」です。甲子園は、五十鈴と出会う前からある主人公の目標です。nintendo.co.jp
ところが五十鈴ルートでは、その目標が、二人の関係にも結びついていきます。
主人公は野球を諦めて五十鈴を選ぶのではなく、野球も五十鈴も大切にしようとします。そして、甲子園で優勝するという約束が、彼女を支えるものになります。
試合に勝つことが、選手として成長するためだけの結果ではなくなる。五十鈴との未来へ進むためにも、勝ちたいと思うようになります。
「自分のために勝ちたい」が、「五十鈴のためにも勝ちたい」に変わっていく。
これは主人公だけでなく、ゲームのプレイヤーにも起こる変化だと思います。
GOODには、イベントの積み重ねと夏の優勝が必要
確認した攻略資料では、五十鈴の重要イベントを進めたうえで、3年目夏の甲子園決勝に勝つことがGOODエンドにつながります。
優勝だけで、途中のイベントを飛ばしてもGOODになるわけではありません。また、春を含むすべての大会で無敗でなければいけない、という意味でもありません。atwiki(アットウィキ)
ただ、終盤まで関係を積み重ねてきた私の感覚としては、最後は勝ち切るしかない。
その緊張感が、野球の試合と五十鈴の物語を一つにしていました。
BADエンドに残る重さ
私の記憶では、BADエンドの五十鈴は、自分の力が主人公を傷つけてしまうことを恐れ、命を絶とうとし、その後は行方不明として扱われます。
参照したファン資料にも、終盤の敗北後に彼女が行方不明になる展開が記されています。pawapoke
ここで私が重いと感じるのは、方法の衝撃ではありません。
五十鈴は主人公を応援したかった。その気持ちがありながら、自分がそばにいることで危害を及ぼすかもしれないと考え、追い詰められていくことです。
今は、五十鈴が抱える葛藤と、ゲームの勝敗が結末に結びつく構造を、以前よりはっきり見えています。
GOODエンドでは、優勝の先に未来がある
GOODエンドを思い出すと、甲子園で勝てた嬉しさと、五十鈴との未来を見られた嬉しさが重なります。
私の記憶には、優勝を祝う五十鈴と、能力への動揺がなくなったように感じられる姿が残っています。
その先には、高校卒業後の結婚があり、アルバムでは新しい命を授かった未来が描かれていました。
ファン資料でも、卒業直後の結婚と、子どもを授かっているエピローグが整理されています。GOODのアルバム名は「そして五十鈴と」です。pawapoke
私にとって嬉しかったのは、彼女ルートを一つ終えたことだけではありません。
ここまで頑張ってきた野球が、二人の未来につながったことです。
甲子園で優勝して終わりではなく、その先にも二人の生活がある。その未来まで見られたから、GOODエンドは強く記憶に残ったのだと思います。
子どもの頃は、難しいルートだと思っていた
子どもの頃の私は、五十鈴ルートを、ただただ難しいルートだと思っていました。
BADエンドが悔しかった。その記憶がまずあります。
当時から物語の構造を細かく考えていたわけではありません。今この記事で整理しているような「野球と恋愛と救済が一体になっている」という読み方は、大人になって振り返ったものです。
ただ、当時の嬉しさには、そのつながりがすでにあったのだと思います。
勝てばよいだけでも、五十鈴とのイベントを進めればよいだけでもない。関係を育てながら、野球でも勝ち切る。
だから最後にたどり着いたGOODは、甲子園優勝と切り離せない達成感になっていました。
今見ると、野球と恋愛が同じ方向を向いていた
今の私は、五十鈴ルートを、パワポケ10の青春をかなりまっすぐに感じられるルートの一つだと思っています。
重い出来事や、超能力に関わる不穏さはあります。
それでも、物語が向かう先には、主人公が最初から目指していた甲子園があります。
恋愛のために野球の目標が消えるわけではない。むしろ、五十鈴との関係が、その目標をさらに強くする。
この点で、天道翔馬とのライバル物語とも相性がよいと感じます。
ライバルに認められたい、強い相手に勝ちたいという高校野球の思い。そこに、五十鈴との約束を果たしたいという思いが重なるからです。
ただし、これは物語の読み方です。新天道ルートを進めることが、五十鈴のGOODエンドに必須だという意味ではありません。
また、天道との対戦と、夏の甲子園決勝も別の試合です。攻略資料では、夏の甲子園決勝の相手は天下無双学園として整理されています。atwiki(アットウィキ)
野球本編の成長とライバル関係については、天道翔馬とのライバル物語を振り返った記事でも書いています。
五十鈴ルートを振り返ると、あの高校野球の目標に、さらに個人的な理由が加わっていたことが見えてきます。
さら編とは違う、五十鈴編の重さ
さら編では、私は人間関係や信頼、相手を信じられるかという問いに惹かれました。
五十鈴編では、野球を本筋としながら、主人公との関係が育っていきます。そして、その野球の結果が、二人の未来にも関わってきます。
どちらも重い展開がありますが、私の受け取り方は少し違います。
さら編は、人間関係のはざまで揺れるヒューマンストーリー。
五十鈴編は、野球・恋愛・救済が、甲子園優勝という目標でつながる青春ストーリーです。
もちろん、さら編も野球本編と無関係ではありません。五十鈴編だけが青春で、さら編にはそれがない、という比較でもありません。
同じパワポケ10の中で、何が結末までをつないでいるのか。その違いが面白いと思っています。
さらの物語は、芳槻さらルートが問いかける「人を信じる」ことの重さで、別の角度から振り返っています。
まとめ|勝つことが、五十鈴との未来につながる
コメントをきっかけに思い出した五十鈴ルートは、やはり重い物語でした。
でも、私がGOODエンドを嬉しく感じた理由は、BADとの落差だけではありません。
主人公がもともと目指していた甲子園優勝に、五十鈴との約束と未来が重なる。その結果、試合に勝ちたい理由が変わっていきます。
自分のために勝ちたい。そして、五十鈴のためにも勝ちたい。
子どもの頃は、難しくて、BADが悔しかったルートでした。
今振り返ると、野球と恋愛が同じ方向へ進み、甲子園での勝利が二人の未来につながっていた。その一体感が、GOODエンドの嬉しさになっていたのだと思います。
五十鈴ルートは、パワポケ10の王道高校野球を、さらに強く感じさせる青春ストーリーです。


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