休日なのに、「今日、何もしていないな」と思う
休日の朝。
平日より少しゆっくり起きて、スマートフォンを見ます。
そのままソファで動画を見たり、ぼんやりしたりしているうちに、気づけば昼になっている。
さらに少しダラダラしていると、あっという間に夕方です。
そんなとき、ふとこう思うことがあります。
「今日、何もしていないな」
せっかくの休日なのに、何もしなかった。
どこかへ出かけたわけでもない。特別なことをしたわけでもない。
すると、
「もっと有意義に過ごせたかもしれない」
「何かできたはずなのに」
と、少しだけ罪悪感を感じることがあります。
でも、本当に何もしない休日は悪いことなのでしょうか。
私は、休日には何かを楽しむ日だけでなく、「今日は何もしない」と決めて過ごす日があってもいいのではないかと思っています。
結論|何もしない日があってもいい
もちろん、休日を楽しむことは悪いことではありません。
旅行へ行く。
友人と遊ぶ。
美味しいものを食べに行く。
サウナへ行く。
趣味に時間を使う。
そうした休日は楽しいですし、「休みだからこそできること」もたくさんあります。
一方で、予定を入れず、家でゆっくり過ごす休日があってもいい。
私は、どちらか一方が正解というより、その両方が休日の過ごし方としてあっていいと思っています。
毎週どこかへ出かける必要もなければ、毎週家で休む必要もありません。
「今日は外に出たい」
と思う日もあれば、
「今日は何もしないで過ごしたい」
と思う日もある。
そのときの自分に合わせて選べばいいのではないでしょうか。
① 「何もしなかった」と思うと、罪悪感が生まれる
何もしないこと自体よりも、
「何もしなかった」と後から振り返ること
が、罪悪感につながることがあるのかもしれません。
例えば、気づけば一日が終わっていて、
「せっかくの休日なのに」
「もっと有意義に過ごせたかもしれない」
「何か一つくらいできたはずなのに」
と思ってしまう。
こういう気持ちは、休日を大切にしたいと思っているからこそ生まれるのだと思います。
ただ、最初から「今日は何もしない」と決めていた休日と、何となく時間が過ぎてしまった休日では、自分の感じ方が少し違うように感じます。
前者は、自分で休むことを選んだ日です。
後者は、振り返ったときに「何をしていたんだろう」と思ってしまうことがあります。
実際には同じように家で過ごしていたとしても、
「何もできなかった」と思うのか、「今日は何もしないと決めた」と思うのか。
その違いは、意外と大きいのかもしれません。
② 「何もしない」と決めるだけで、少し気持ちが変わる
私は、「今日は何もしない」と最初から考えておくと、気持ちが少し楽になることがあります。
例えば、
「今日は予定を入れない」
「今日はゆっくりする」
「今日は何かを達成しなくてもいい」
と考えておく。
そうすると、夕方になったときに、
「今日も何もできなかった」
ではなく、
「今日は休む日にした」
と考えやすくなります。
もちろん、これで必ず罪悪感がなくなるわけではありません。
人によっては、やはり「何かしたい」と思うかもしれません。
ただ、私自身は、
何もしないことを「できなかった結果」と考えるより、自分で選ぶことだと考えるほうが気持ちが楽でした。
休日には、何かをするという選択だけでなく、何もしないという選択もあります。
そう考えるだけでも、「ダラダラしてしまった」という見方が少し変わることがあります。
③ 「何もしない」と「何となくスマホを見る」は少し違うかもしれない
休日に何もしないといっても、その過ごし方はいろいろあります。
動画を見る。
昼寝をする。
本を読む。
音楽を聴く。
ぼんやりする。
何も考えずに過ごす。
こうした時間も、私にとっては「何もしない休日」の一部です。
一方で、スマートフォンを何となく見続けて、気づけば何時間も過ぎていることもあります。
スマートフォンを見ることが悪いと言いたいわけではありません。
休日に動画やSNSを見るのも、普通の過ごし方の一つです。
ただ、あとから振り返ったときに、
「本当は違うことをしたかったな」
と思うなら、それは少し違うのかもしれません。
大切なのは、「何をしているか」よりも、
自分がどう過ごしたいと思っているか
なのではないかと私は思います。
動画を見て一日を過ごしたいなら、それも一つの休日です。
昼寝をしたいなら、それもいい。
何も考えずにぼんやりしたいなら、それもいい。
反対に、本当は外に出たかったのに、何となくスマートフォンを見続けて一日が終わった。
そんなときに「少しもったいなかったな」と感じることもあります。
同じように時間が過ぎても、自分が納得しているかどうかで、感じ方は変わるのかもしれません。
④ 楽しむ休日と、休む休日は別に考えてもいい
「充実した休日」と聞くと、どこかへ出かけたり、何か特別なことをしたりするイメージがあります。
それも、もちろん楽しい休日です。
旅行へ行く。
美味しいものを食べる。
友人と遊ぶ。
サウナへ行く。
趣味に時間を使う。
平日にはできないことを楽しめるのも、休日の良さだと思います。
でも、それと「何もしない休日」を対立させる必要はないはずです。
朝から予定を入れて一日を楽しむ休日もある。
予定を入れず、家でゆっくり過ごす休日もある。
そのどちらも、自分で選んだ休日の過ごし方です。
毎週、同じように過ごす必要もありません。
「今週はどこかへ行きたい」
と思う週もあれば、
「今週は家にいたい」
と思う週もあります。
仕事や予定が続いているときには、何も予定を入れたくないこともあるでしょう。
反対に、家にいることが続いていると、外に出たくなることもあります。
だからこそ、「休日はこう過ごすべき」と決めるより、そのときの自分に合わせて選ぶくらいが自然なのかもしれません。
⑤ 私自身、「何もしない日」が必要だと思うことがある
平日は仕事があります。
時間に合わせて動き、人とやり取りをして、気づけば一日が終わる。
休日にも、友人との予定や外出の予定を入れることがあります。
そうした時間は楽しいですし、何か予定がある休日が好きなときもあります。
ただ、その一方で、
「今日は何もしないで過ごしたい」
と思う日もあります。
何か特別な理由があるわけではありません。
どこかへ行きたいわけでもなく、何かを達成したいわけでもない。
ただ、予定を入れずに過ごしたいと思う。
以前は、そんな日にダラダラしていると、「せっかくの休日なのにもったいない」と感じることもありました。
でも最近は、何もしない日も最初から休日の選択肢の一つとして考えておけばいいのではないかと思っています。
休日をどう使うかを毎回「有意義かどうか」で判断しなくてもいい。
今日は楽しむ日。
今日は外に出る日。
そして、今日は何もしない日。
そんなふうに選択肢があるだけで、少し気が楽になります。
⑥ 何もしないことにも、少しだけ工夫をしてみる
何もしない休日を過ごすために、特別な準備が必要だとは思いません。
ただ、私自身が考えている「小さな工夫」はあります。
最初から予定を入れない日をつくる
予定が空いた結果として何もしないのではなく、最初から「今日は予定を入れない」と考えておく。
それだけでも、その日をどう過ごすかについて焦りにくくなることがあります。
「今日はこれだけできれば十分」と考える
何もしないといっても、洗濯や買い物など、最低限やっておきたいことがある場合もあります。
そんなときは、あれもこれもやろうとするのではなく、
「今日はこれだけできれば十分」
と考えるのも一つです。
全部を終わらせる休日にしなくてもいいと思います。
一日の予定を細かく決めない
休日まで時間に追われるように予定を決める必要はありません。
朝起きてから、
「今日はどうしようかな」
と考えるくらいでもいい。
何もしない日にまで、完璧なスケジュールは必要ないように感じます。
外出しない選択をしてもいい
休日だからといって、必ず外へ出なければならないわけではありません。
もちろん外出したいなら出かければいい。
ただ、「せっかくの休みだから」という理由だけで予定をつくる必要もないと思います。
何もしないことを失敗だと思わない
これが一番大きいかもしれません。
何もしなかったからといって、その休日が失敗だったとは限りません。
自分で「今日はこう過ごしたい」と思って過ごしたなら、それも一日の過ごし方です。
まとめ|何もしない休日も、自分で選んだ休日
休日に何もしないと、
「時間を無駄にしたかもしれない」
「もっと有意義に過ごせたかもしれない」
と、少し罪悪感を感じることがあります。
私自身も、そんなふうに思うことがあります。
でも、何もしないこと自体が悪いわけではありません。
「何もできなかった休日」と、
「今日は何もしないと決めた休日」は、
同じように見えても、自分の中では少し違います。
旅行をする休日もある。
友人と遊ぶ休日もある。
趣味を楽しむ休日もある。
そして、何もしない休日もある。
どれか一つだけを選び続ける必要はありません。
そのときの自分に合わせて、
「今日は何をするか」
を選んでもいい。
そして、ときには、
「今日は何もしない」
という選択肢があってもいいのだと思います。
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